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食品添加物のスペシャリストに一撃を与えた事件

「添加物は職人要らず」

食品業界において、「歩く添加物辞典」、「食品添加物の神様」などといわれる専門家の方がいらっしゃいます。安部司氏は食品添加物を利用して、様々なヒット商品を開発してきたその道のスペシャリストです。

安部氏によると「添加物は職人要らず」だと断言されます。添加物を使えば、技術がなくても簡単に一定レベルのものがつくれてしまうので、職人のように何年も修行する必要がないということのようです。

たとえば、暗い土色の原料のタラコを、添加物の液に一晩漬けると、まるで赤ちゃんの肌のようにプリプリのタラコに変貌するそうです。ベージュ色のしわしわの干し大根も、一晩添加物に漬けると、きれいな真っ黄色のたくあんになります。

「ミートボール事件」

安部氏が開発から携わった商品は無数にあり、添加物を納入しているうちに、「こうい商品をつくりたいけれど、そちらで開発してくれないか」と依頼が来ることが多かったそうです。漬物、スナック菓子、ハンバーグ、ジュース、インスタントラーメンなど、ありとあらゆる種類の商品を開発したそうです。そういう意味では、食品業界もそうですが、消費者も安くて美味しく感じる商品を望んでいるのも事実ということです。その要望の中に安全性というものは含まれていないのでしょうか。

誤解のないように説明しますと、安部氏は添加物の危険性や使用基準はすべて理解していました。1,500種類以上の添加物が頭に入っており、その危険性も使用基準もすべて答えることができたそうです。しかしそれは「机上の空論」を前提にした回答になります。そして、安部氏の人生のターニングポイントになるある事件が起きます。それが「ミートボール事件」です。

安部氏は長女の3回目の誕生日に、仕事を早々と切り上げ帰宅しました。食卓には安部氏の奥様が用意したごちそうが所狭してと並んでいます。その中にミートボールの皿があり、何気なく口に放り込んだ瞬間、安部氏は凍りつきました。それはほかならず、安部氏自身が開発したミートボールだったのです。安部氏は、食品に混じり込んでいるものでも、100種類ほどの添加物を舌で見分けることができるほどの、「添加物の味きき」、「添加物のソムリエ」だったのです。

「これどうした? 買ったのか? ××のものか?」と慌てて聞くと、奥様は「ええ、そうよ。××食品のよ」と答え、袋を出してきました。みれば、安部氏のお子さんたちは、実においしそうにそのミートボールを頬張っていました。

クズ肉を30種類の添加物で蘇らせたという商品

「ちょ、ちょ、ちょっと、待って待って!」

安部氏は慌ててミートボールの皿を両手で覆いました。父親の慌てぶりに家族はきょとんとしていたそうです。実はそのミートボールは、ドロドロのクズ肉を30種類の添加物で蘇らせたという商品だったそうです。ある食品メーカーから依頼されて開発したそのミートボールは、飛ぶように売れて、その食品メーカーがビル一棟を建てるくらい儲けることができたそうです。

子どもたちが安部氏に聞きます。「パパ、なんでそのミートボール、食べちゃいけないの?」

安部氏が使用した添加物は、国が認可したものばかりですから、食品業界の発展にも役立っているという自負がありました。しかし、そのときはっきりと、そのミートボールは自分の子どもたちに食べてほしくないものだといういうことがわかったのです。そうです。自分も自分の家族も消費者だったのです。このような経験を経て、安部氏は自分の仕事に疑問を持つようになり、本まで出版するようになります。さらに詳しい物語を知りたい方は、安部司『食品の裏側』(東洋経済、2005年)を参照ください。

自分で調べて考えて商品を選別すること

食品業界に限らず、あらゆる業界で、金儲けのためにいろいろ工夫がなされます。法令や規制、その他業界内のルール等をしっかり遵守しながらビジネスが行われている限り、問題はなさそうです。しかし、各種法令や規制が正しいかどうか、ということは、その道のスペシャリストにしかわからないことが多いといいます。

私たちは、彼らを批判することもできるかもしれませんが、誰もが自分が生きていくうえで仕事をしなければなりません。与えられて条件と経験、あるいは実力で、その範囲でみんなが精一杯働いているといっていいでしょう。よって、安易に批判するのは控えるというのもある意味で正しいことかもしれません。そのように考えると、やはり一消費者として、自分で調べて考えて商品を選別していくということも必要だということです。市場を創るというのは、事業者側の専売特許のようにも思われますが、我々消費者も一緒に市場を創造しているという意識も大切なのではないかということが安部氏の体験から感じることができます。

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