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巨額の予算をかけてワクチン政策を進め、国家の威信をかけて感染症を撲滅するためにワクチンを投入した以上、各国政府にとって失敗することは許されません。各国は、政府の方針を支持する医療の専門家を動員して、ワクチンの安全性と効果を国民に説得しようとしました。
その結果、ワクチンをめぐって全世界の人々が判断を迫られることになりました。ワクチンを接種するか、しないかです。ワクチンはどの国でも任意接種として導入され、個人の判断が優先されるという建前で進められました。しかし、日本をはじめ多くの国は、任意接種であるにもかかわらず、ワクチンの接種を強く推奨し、学界やマスコミ、企業などの経済界も、基本的に政府のワクチン政策を強く支持しました。その結果、多くの国民がそれを信じてワクチンの接種を受け入れたのです。
もちろん、ワクチン接種を受け入れない人々はどこの国にも一定数存在していて、世界中で接種者と非接種者の間で分断が生じました。しかも、ワクチン接種者の行動制限を緩和し、非接種者の行動を制限する、いわゆる「ワクチンパスポート」という政策が多くの国で導入され、さらに義務化する動きも各国で強まりました。このような分断は今後もいつでも強化される可能性があります。
ところで、人々が接種するかしないかを決める基準はどこにあるのでしょうか。その判断の結果として社会の中に接種者と非接種者という新しい境界ができてしまったのです。世界中で、多くの人々が政府や専門家の見解を信じて、判断したように見受けられますが、そこに問題はなかったのでしょうか。これは、政府の見解が正しいか、誤っているかの問題ではありません。仮に政府の見解が正しかったとしても、国民がその見解を簡単に信じて行動してしまうことは、政府の見解が常に正しいわけはありませんから、将来に大きなリスクを残すことになります。
このような他者を信じて行動する傾向は、今回突然生じたものではありません。人間は、集団を作って全体と同調して生きる傾向があります。今回の経験は、新型感染症の蔓延という危機の下で、それが特に強く起動しただけかもしれません。もちろん、このような行動が結果的に功を奏した面もあるでしょう。しかし、このように全体が同じ方向へ動くことは、それが高じると危険な状態に陥ることがあります。この点については、多くの先人たちが警鐘を鳴らしてきました。
その最も顕著な例が全体主義です。全体主義は、一つの「正しい考え方」のもとで全体をまとめ、その考え方に従う人々と従わない人々との間に境界線を引き、従わない人々を徹底的に排除するように動きます。人間は本来多様なものですから、このような一元的な思考に基づく全体主義的な政策は、必然的に人権を侵害します。そして人々は分断されてしまい、社会はその支配的な考え方を修正する手段を失って、最後は甚大な被害をもたらすという事態を人類は何度も経験してきました。
現在も、新型コロナウイルス感染症対策をしているつもりが、その背後で全体主義の傾向が強まっているとすれば、たとえ感染症には効果があっても、それは感染症そのものよりも危険かもしれません。本書は、そのような事態が生じているか否かについて、感染症対策の中心であるワクチンを取り上げて考えます。そのために人々の内面でワクチンをめぐる境界がどのように形成されていったのかを、実際に生じている事態の分析から検討していきます。
なお、本書では、議論に必要な範囲で、ワクチンの効果や安全性についても言及しますが、ワクチン政策の是非を議論することは主題ではありません。そうではなく、ワクチンを含めてより効果的で安全な対策を求めて、私たち一人ひとりがどのように考えて判断すべきなのかを検討することを目的としています。
ワクチンの境界 ― 権力と倫理の力学(國部克彦 著・アメージング出版)より