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「移動の自由」が確保された社会

「移動の自由」という言葉は、憲法の体系書を探してもなかなか出てこない。そして、自由権としての国内での移動の自由に関して、憲法の根拠条文について議論は活発でなかったし、体系的整理などもされてこなかった。

そこで、専門雑誌の法学セミナー66巻7号(2021年)の「移動の自由」の特集に接する機会があり、いくつか論文を確認してみた。曽我部真裕「日本国憲法における移動の自由」によると、散歩や、買物、通勤、登山などをする自由は、人格的自律にとって重要ではないので、憲法上の基本権に含まれないという議論もみられるが、これらの自由は、人身の自由の一部ではないだろうか、という問題提起がなされていた。

パンデミックに対応するために外出自粛の要請などがあり、最近注目される議論となったわけであるが、曽我部氏は、散歩の自由などに関しても憲法上の保障が及び、その根拠条文は憲法13条ということになることを指摘する。

憲法13条

「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

たしかに、人が不当に身体を拘束されない自由としての人身の自由とは異なるが、移動の自由を憲法上の権利として認められてよいという考えが、一市民としての感覚に合致するのではなだろうか。これだけ、自粛、自粛といわれ、自由を制約されてきたことを思い出せば、その感覚にあながち誤りはないものと思われる。

また、人身の自由に関しても、憲法上の明文規定がないといわれるが、一般的な根拠規定として、憲法31条がある。

憲法31条

「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」

このように、憲法の条文を文字通り読んでも見えてこない権利も、先人の条文解釈によって、確固とした権利が確立してきていることがわかる。一方、世界を見渡せば、特に欧米諸国において感染症対策を理由に人権に対する制約が非常に厳しくなっていた。わが国においてもいつ同じような移動規制が導入されるかわからないが、法改正がなされなければ無理であろう。現在、かろうじて現行の憲法やその他法令のおかげで、我々の移動の自由が確保されているのかもしれない。私たちの祖先が残してくれたこの自由を失わないためにも、私たちはしっかりと政治の動きを見つめていく必要があり、必要な場合は積極的な議論への参加が求められるのだと思う。

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