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緊急事態条項は何かを考える

自民党の日本国憲法改正草案には、緊急事態条項の新設がある。この緊急事態条項とは何か。永井幸寿『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波書店、2016年)によると、非常事態において国家の存立を維持するために、国民のためではなく、国家のために、立憲的な憲法秩序、つまり人権の保障と権力分立を一時停止する制度が緊急事態条項の目的であるとする。要するに政府への権力の過度の集中と人権の強度の制約を内容とするものである。

そして、国家緊急権は歴史的に野心的な軍人や政治家に濫用されてきた歴史があるという。

①不当な目的で使われ、政府は緊急事態の宣告が正当化されない場合でも宣告しがちになり強大な権力を握りたがる。

②戦争や災害など危機が去ったあとでも緊急措置を延長しがちである。いったん握った強大な権力は離せなくなる。

③過度に人権を制限しがちになる。

④司法が政府に遠慮しがちになり、市民の権利保護を抑制する傾向がある。

このような負の傾向を考慮すると、緊急事態条項を受け入れる理由は見出せない。なぜなら、各種特別法で緊急事態に十分対応できるからであり、実際に対応してきたからである。具体的には、災害に対しては災害対策基本法、感染症に対しては新型インフルエンザ対策特別措置法、テロに対しては国民保護法や事態対処法がある。このような特別法に基づき、緊急事態の現場で対応することが差し迫った危機に対処するもっとも効果的な方法である。

危機管理やリスク管理の要諦は現場主義であるといわれる。現場から遠い中央政府が憲法の力を借りて、国民の人権を制限しながら危機に対処しようとしても無理なのではないか。結局、自民党の改憲案は、権力への執着なのかもしれない。

辻村みよ子『憲法〔第5版〕』(日本評論社、2016年)によると、国家緊急権は権力が憲法の拘束を免れることを正当化するもので、超憲法的に国家緊急権に訴えることは立憲主義に反するので容認し得ないとする。そして、大日本帝国憲法が国家緊急権に関する規定を置いていたのに対して、日本国憲法にその規定が存在していないのは、偶然ではなく意識的に除外したと考えられる以上、国家緊急権は認められるべきではないという。

今一度、憲法は国民の権利や自由を守るために国家権力を制限する最高法規であって、国民の権利や自由を制限する、あるいは奪うものではないことを思い出す必要がありそうだ。現行憲法を維持するにしても改正するにしても十分な国民的議論が望まれるのではないだろうか。

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