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【ワクチンの境界】本書の構成

ベストセラー書籍「ワクチンの境界」を定期的に無料公開しております。

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本書の構成は次の通りです。

 第1章「感染症の蔓延とワクチンの投入」では、新型コロナウイルス感染症をめぐる2021年末までの状況を、日本を中心にして、世界の動向にも言及しながら解説します。ワクチンに関する基本的なデータも示します。この章では、後の議論に必要な事実関係を説明するだけで、政策の是非の判断は行いません。

 第2章「軽々しく信じることの罪」では、クリフォードの「信念の倫理」にもとづいて、私たちは物事を簡単に信じてよいのかという問題を考えます。政府の新型コロナウイルス対策が成功するためには、国民が政府の指示に従うことが必要ですが、その前提として政府の説明が信じられるものなのかどうかが問題となります。このことをワクチンに関する政府の説明を取り上げて考えます。

 第3章「専門家は信用できるのか」では、信じる対象としての科学者をはじめとする専門家の本質を考えます。新型コロナウイルス感染症対策では、政府もマスコミも専門家を大量に動員して、国民や読者および視聴者を説得しようとしてきました。しかし、専門家の説明は信用できるのでしょうか。ここでは、科学者を大衆の典型として厳しく批判したホセ・オルテガ・イ・ガセットの議論を引きながら、専門家の本質を考えるとともに、科学とコミュニケーションのあり方を考えます。

 第4章「デマと正しい情報」では、ワクチンをめぐる「デマ」について考えます。医療人類学者のハイジ・J・ラーソンが指摘するようにワクチンに「デマ」はつきものです。しかし、新型コロナワクチンをめぐる「デマ」と「正しい情報」のせめぎあいは、これまでのワクチンについての「デマ」とは本質的に異なる面があり、「デマ」が政府の説明を強化するための戦略に組み込まれて、国民との対話を拒否するという問題につながっていることを指摘します。

 第5章「独裁化するリベラル」では、ワクチンをめぐる政治の動きを分析します。日本にいるとよく見えてきませんが、政治の世界では、リベラルと保守がワクチンに対する考え方について、特に義務化をめぐって対立しています。それはなぜなのかを紐解き、マスコミや経済界が、なぜワクチンについて政府の主張を支持するのかについても検討します。

 第6章「生権力の暴走」では、これまで議論してきたような現象は、誰かが主導しているのではなく、匿名化した権力のシステムから生じていることを、ミシェル・フーコーやジョルジョ・アガンベンの主張に依拠しながら考えます。フーコーが提唱したように、近代社会の権力はすでに私たちの生命を管理の対象とした生権力にまで拡張し、それが新型コロナウイルス感染症パンデミックという「例外状態」によって、ますます強化されている面を指摘します。

 第7章「システムへの抵抗」では、このような生権力のシステムによるリスク管理の問題点を指摘し、システムに対して人間はどのように抵抗できるのかを考えます。このときに、ナチスドイツ下でナチスに従わなかった人々を分析したアーレントの著作を参考にしながら、「凡庸な悪」にどのように立ち向き合うべきかを検討します。そのときの鍵は、自分自身と仲違いせずに生きていくという意志の存在です。

 第8章「100分の1の倫理」では、権力に対抗する具体的な倫理的指針として、医療歴史社会学者の香西豊子氏が種痘に関する詳細な歴史研究で見出した江戸時代の「100分の1の倫理」を取り上げます。ワクチンの議論では、死亡や重篤な副作用の確率の低さだけが議論されていますが、たとえ確率は低くても失われる命の意味を考えなければ倫理的に重大な問題があることを指摘し、さらに西田幾多郎氏の議論を引きながら、利己と利他の問題としても検討します。                                                                                                                                         

 終章「私たちはどこへ行こうとしているのか」では、新型コロナウイルスが発見されて2年が経過した2021年末の現状をもう一度振り返り、私たちの内面における権力と倫理の境界を議論することの意義を再度検討し、暫定的なむすびとします。


Clifford, W. E., The Ethics of Belief and Other Essays, Great Books in Philosophy, 1999.

フーコー「1982年2月17日の講義」(前掲)、294ページ。

ルードウィヒ・ウィトゲンシュタイン「倫理学講話」『ウィトゲンシュタイン全集第5巻』大修館書店、1976年、394ページ。

宮台真司「2020年パンデミックと「倫理のコア」」筑摩書房編集部編『コロナ後の世界―いま、この地点から考える』筑摩書房、2020年、71ページ。

宮台真司「前掲論文」、72ページ。

ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン―悪の凡庸さについての報告』みすず書房、1994年。

10  フーコー「1982年2月17日の講義」(前掲)、294ページ。

ワクチンの境界 ― 権力と倫理の力学(國部克彦 著・アメージング出版)より

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